18 February 2009

The Text of Modern HENRER -verse 2-

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「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ



「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。



真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ



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verse 2

 札所と札所の間の距離はまちまちで、1kmもないところもあれば、70km以上あるところもある。徳島の1番から10番までは計28kmほど。ふだん歩きなれていない人や体力に自信のない人でも、一気に攻略することのできる距離だ。初日はそれでもけっこうキツイが、数日もすれば30km程度の距離など屁でもなくなる。ニンゲンのカラダはそうそうヤワにはできていないのだ。

 

四国が旅人にとって世界で最もやさしい場所である理由のひとつが、ヘンロとともにある「お接待」という文化だ。地元の人が飲み物や食べ物、お金をくれたり、ときには宿を無償で提供してくれるなど、ヘンロの旅を物理的・精神的にサポートしてくれるスバラシすぎる伝統なのだ。
 

ヘンロにはそもそも仏道修行としての側面があり、昔からヘンロをする者は真言密教を日本に伝えた空海=弘法大師と同等に扱われていたらしい。つまりオセッタイとは「お大師サン」をもてなす象徴的行為でもあるわけだ。
 

頭髪の両サイドを剃り上げたモヒカン頭のオレがオセッタイを受け、「ありがとうございます」と合掌している姿は、客観的に見てなかなかクールだったろうと思う。

 徳島での初日、霊山寺を出た直後に、オレは最初のオセッタイ体験をした。向こうから霊山寺に向けて歩いてくるアンチャンが、「冷たいものでも飲んでください」とやにわに100円玉を渡してくるのだ。

「おおっ……、コレがオセッタイってヤツか!」
 

興奮したね。彼はおそらくすべての寺をまわり終えて、88番大窪寺から霊山寺にお礼参りに来るところだったんだろう。後ろにいた奥さんか彼女と思しき女性ともども尋常でないくらい真っ黒に日焼けしているうえに、全身が充実感いっぱいに汚れていた。疲労がたまっていることもあるだろうが、ふたりの表情には緩みが一切なく、内側からいまにも弾け出て爆発しそうなエネルギーを必至の形相でこらえているように見えた。それは彼らの人生の中で最も濃密な時間のひとつだったにちがいない。オレが興奮したのは初オセッタイ体験に加えて、そんな彼らのリアルな「生」に触れたからかもしれない。

 

その夜、オレはクルマの荷台で寝た。10番切幡寺を終えて立ち寄ったうどん屋のオヤジに「ここいらで野宿できる場所はないか」と尋ねたところ、それならば店の前に停まっている営業用のワゴン車を使えばいいというのだ。朝はそのまま勝手に出て行って構わないからと。これもオセッタイ。うどん屋が経営する併設の宿の浴場も半額で使わせてくれた。ヤバイ。ヤバすぎるぐらい、ありがたいじゃないの。しかしこの地では、それが当たり前なのだ。
 

初めての旅ではもちろんない。無茶な旅も何度か経験してきた。だが今回の旅はそれらと比べて圧倒的に濃度が異なる。20歳を過ぎたばかりの頃、本がボロボロになるまでクソ何度も読んだJ・ケルアックの『路上』を思い出していた。いまや世界から消滅してしまったホーボースピリットがこんなところにあろうとは。

 



四国での路上生活の旅は、こんなふうにはじまった。





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